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現代Fのオリジナルキャラクター達の紹介。
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それは、英知を貪る獣。







夏の夜は湿度の高い空気で満たされている。
いくら深く呼吸をしても、酸素ではなく湿気が喉にへばりついて息苦しい。

そんな雰囲気が鬱陶しくて、今日もバイクに跨り、賑やかで汚れた街を暴走していた。
しかし湿気は、切っても切っても肢体に纏わりついてくる。

苛立ちを抑えられずに舌打ちをするが、心が明けることはない。
全く満たされていないうちに、能力に限界が来る。
疲弊と気怠さで、エンジンが不満げに燻った。

「 ……… 調子悪ィのけ、ヴァーミリオン。 」

呟く声にも覇気がなく、まるで溜息のようだった。

繁華街の端(はずれ)にて、寂れた店の軒下に愛車を停め、嗜好品に火をつける。
スプレー缶で落書きされたシャッターを背に、ヴァニラの芳香を肺に満たし。
燻らす紫煙が居所なく消えていくのを、虚ろな視線で追う。


「 颯先輩。 」

不意に、傍らから己を呼ぶ声が聞こえ、顔をそちらに向ける。
数メートル離れた夜の中に、小柄な女子が仁王立ちしていた。
その口元が不敵に笑む。

「 探しましたよ。学校に来ることの少ない貴方を見つけるのは、至難の業でした。手間取らせてくれましたね。 」

腕を組み、つかつかと歩み寄ってきた女子の、頭幾つ分も下にある顔を見て。
銜え煙草の唇を、酷く緩慢に震わせる。

「 あー、 またおめぇか。 環。 」

猫のような瞳を瞬かせる下級生は、喜ばしそうに頷いた。


天宮司環という女は、非常に肝の据わった変わり者だ。

どこで情報を得たのか自分が龍を持っていることを知っており、頻繁に龍について根掘り葉掘り聞いてくる。
具体的な能力は勿論、いつ力を得たのか、きっかけは何か、など。

それがまぁ、しつこい。
10人中8人は尻込みするであろう自分の容姿を見ても、引かぬし媚びぬし顧みない。

いくら凄んであしらっても、屁とも思わず食らいついてくる。
曰く、自分は特殊型だから、レアケースとして逃せないサンプルなのだそうだ。

そんなことを聞いてどうするのだと尋ねれば、環は決まってこう答える。

「 ただ知りたいからです。何か問題でも? 」


まるで獣だ。
己を満たすためだけに貪欲に求める、人型の獣。

しかし自分は、どうしてもこいつの質問に答えたくはない。

その妙に捻くれた言い回しや、偉そうな態度が気に食わないから…というのもあったが、
己の龍のルーツを喋ることは、己の過去についても明かすことになるので、それが嫌なのだ。

いわゆるプライベートな部分を、デリカシーなく己の領域に踏み込んでくる女に明かす気は起きなかった。


だから今日も、どうにかして追っ払わなければ。

「 今日こそ聞かせていただきますよ。貴方とヴァーミリオン氏が、いつどこで、どのように運命の出会いを果たしたのか。そしてその能力の全貌を! 」

高く、朗々とした声が告げる。
自分はそれを、音として聞く。
バイクのシートに座ったまま、矢のような視線を尖らせて、

「 うっちゃしい女だなァ。ちぃと黙れねーのけ。言ってんだろ、おめにはなァんも喋んねぇってよ。 」

自然と口調が荒くなり、語尾には舌打ちが混ざる。


―――― 気に食わない。鼻につく。苛々する。

違う。今だからダメなんだ。 アルコールやヤクが切れている。

「 そうはいきません。貴方の龍については、是非聞かせていただきたいんだ。
……ああ、そう、先日貴方がどこぞの誰かを後ろに乗せて走っていたという情報を、小耳に挟んだのですが。本当なら是非私も、」

盛大な舌打ちと共に、火のついたままの煙草を、環の太腿目がけて投げつけた。

ぱしゃん。 という音の後、火の消えた煙草が地に落ちる。
蛞蝓のように蠢くジェリー状の水が、環の健康的な太腿に浸透して、消えた。

「 ――― 乗せて頂きたいね。 」

何食わぬ表情で言葉を続ける環は、ポーチから彼女の嗜好品―――ドロップを出して、奥歯で噛み砕く。

「 ああ、ヘルメットは要りませんよ。
何せほら、こんな龍をもっているから。振り落されても怪我などしないのさ。 」


この女を何度轢き殺そうと思ったことか。
今日だって、アルコールかアンフェタミンが体内を循環していれば、そうしていた筈だ。

だが今日に限っては、別種の感情が丹田から沸き起こっている。
壊したい。 とはまた別の、 ”壊したい”。


「 へぇ、そうけ。 んだら、いいよ。そんなに知りてぇなら、教えてやるよ。 」

バイクのシートから飛び降りて、ゆっくりと環に近づいていく。
得物を前にした蛇のような視線を、少女らしく映える笑みから外さずに。

「 本当ですか?!それはありがたい!では、まず何から……  」

突如歩幅を大きくして、環の方へ踏み入った。
虚を突かれ後退る身体をシャッター側に追い詰めると、右手を環の顔のすぐ横に突く。

ガシャンと派手な音が木霊し、華奢な背はシャッターに張り付く。
丸く見開いた目が己を見上げたら、覆い被さるように見下し、酷く下卑た笑みを顔に張り付けて言う。

「 おめのこと、抱かせてくれたらね。 」


乾いた自分の唇を舌で湿らせる。
眼前で、少女が身を固めるのが分かった。
長い睫毛を震わせ、じっと自分を見つめている。

数秒の間の後、薄く開いた唇は、可笑しそうに笑っていた。

「 ええ、構いませんよ。 」

そんな風に、当たり前に。


「 そのようなことを言う人間は、今まで何人か居ました。私はそのたびに身体を委ねてきましたよ。
自分の身体ひとつで新鮮な情報が手に入るなら、安いものです。 」

滔々と語る口調に虚勢や偽りは一切見えず、真実しか口にしていないのは明らかだった。
一見したところ真面目そうな、その眼鏡の奥の眼は陰り無く、ひたすらに何かを求めている。

手段など選ばずに、どんな犠牲も厭わずに。
”ただ知りたい”。 それだけを理由として。


戯言をのたまわない女の中で、唯一違和感があるとすれば、それだった。
ただ知りたいだけ、という理由。

「 ――― へぇ、清純そうに見えて、とんだクソ●ッチじゃねぇの。 」

わざと下衆な単語を選んで揶揄しても、環は涼しげに微笑んでいる。
その通りだとでも言うように。

新たな煙草に火を付けながら、遠慮のない視線でその肢体を舐めた。
それでも尚、楽しげに笑っている。

「 処女がお好きでしたか?それは申し訳ない、せめて振る舞いだけはらしくなるよう努力しますよ。
で、今からですか? じゃあ、どちらで――― 」

「 自分の身体売ってまで情報手に入れて、どうする気だよ。 」

淡々と話を進める声を遮って、煙草の煙を吐きかけた。

「 どうも解せねぇんだわ。 どっかさ情報売っとばしてんだべ? 」

悠々と笑んでいた表情が、凍り付く。


環が本当に龍の情報を横流しにしているとは思っていない。
ただ、単なる探求心以外に、何か別の目的があることは確信していた。

そうでもなければ、ここまで必死になる説明がつかない。
清らかさをかなぐり捨て、下手をすれば命さえ落としかねない取引にも、身体ひとつで乗り出すなんて。

「 身体なんていんねーよ。 俺のこと教えてやんだから、おめのことも教えろや。 」

何と応答していいか測りかねている様子の環は、今日初めて、自分から目を離した。
それを見て、もうこいつが何かを聞いてくることはないだろうと察した。

「 取引なめんじゃねぇぞ、環。 手前ェを売んならもっと、意味あるモンを出しな。 」

無言で地面を見つめている環を置いて、愛車に跨る。
能力は使わず、備わっているエンジンの力だけをふかした。
改造を凝らしたバイクは、辺り一面に狂暴なノイズをまき散らす。


「 ―――― 颯先輩! 」

環がようやく顔を上げ、上擦った声で叫ぶ。
しかしその声は愛車の嘶きに掻き消され、こもる感情は何一つ読み取れない。
藍色の瞳が縋るように己を見ていても、環に対して明確に手を差し出す権利が、自分には無いと思った。

「 身体売んのは止めとけ、たまきち。 おめの胸、ちぃこくて全然おもしくねーわ! 」

ヤニで汚れた歯を剥き出し、一際高くエンジン音を鳴らして、あとは振り返らずにその場を走り去った。
環の声はすぐ、聞こえなくなった。


ただ、知りたいだけ。

それを貫く環は、無知を最大の罪と思っているのだろう。

狂おしく澄んだ瞳を前だけに向けている女は、きっといつか危うい崖に立つ。
その時に、己を守るためだけの能力では、渡り歩いてはいけない。
それをあいつは、 ”知らない。”

否。 知らないことを知っているからこそ、知ろうとしているのか。

”無知の知”を司る彼女の、インディゴブルーの瞳を思い出しながら。
朱のバイクでそれより深い藍の夜を八つ裂きに行く。








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