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現代Fのオリジナルキャラクター達の紹介。
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大丈夫、大丈夫だよ。
兄ちゃんが助けてあげるからね。



1時間後、子ども部屋の扉がノックされた。

「お風呂沸いたから、交代で入りなさい。ゲームはおしまい。」

少し開けた扉から錦が顔を覗かせ、柔和に告げる。
普段声をかけてくるのは叶恵なので、双子はおやっと思ったが、さして気にも留めず返事をした。

その日は一刻が先に風呂に入ることにした。
階下に下りると、リビングでは、いつも点けっぱなしのテレビがついていない。
ソファに座る叶恵の背が、しゅんと丸まっている。

「母さん?」

怪訝に思った一刻が声をかけると、叶恵の返答を聞く前に、後ろから錦に「早く入りなさい」と急かされた。
一刻は仕方なく、素直に脱衣所に向かう。

両親の様子がいつもと違うのが気になり、風呂に浸かっても気持ちがざわついていた。
とりわけ母がおかしい。ずっと考え事をしているみたいだ。
夕食で、あの話をしたときから――――。


落ち着かない心地を抱えて風呂を出ると、リビングに居た錦が「一刻、ちょっと」と手招きする。
オレンジジュースの入ったグラスを手渡され、ソファに座るように促された。

「何で俺だけ?永真は……」
「いいから、座りなさい。」

普段陽気な父の鋭い物言いに怯んだ一刻は、3人掛けのソファの真ん中、叶恵の右隣に座る。そこが一刻の定位置だ。
その斜め右側にある1人掛けのソファに、錦が座った。

4人でテレビを見ながら談笑するときは、一刻の右隣に永真が座る。
しかし今日は永真が居らず、ソファの向かいにあるテレビもついていない。

ソファの右端がぽっかり空いているだけで、何だか居心地が悪かった。
両親の表情は硬い。リビングはとても静かだ。時折、冷蔵庫の唸り声がキッチンから聞こえる。
一刻はぎこちなく微笑んで、手持無沙汰から逃れるためにジュースを飲んだ。


「………… 一刻。」
「な、何?」

沈黙が数秒続いた後、錦が口を開く。一刻は弾かれたように返事をした。

「さっきしてた話だけど、本当に一刻は、永真の場所が分からなかったんだな?」

さっきの話……かくれんぼで、永真がすぐに一刻の隠れ場所を突き止めた話だ。

「うん……俺は分かんなかった。」
「でも、永真はお前の居場所をすぐに当てたんだな?」
「そうだよ。何回も試したけど、全部ソッコーで当ててた。」
「何回試した?」
「え、………んと、5回くらいかな…?」

錦は低く唸り声をあげると、顔を俯け唇を噛んだ。
一刻は父の質問の真意も、今の状況も把握できず、助けを求めるように母を見た。
そしてぎょっとする。 母は泣いていた。

叶恵はひとつしゃくり上げ、頬に大粒の涙を伝わせながら、一刻の身体を強く抱きしめる。
身体の震えによる微弱な振動で、叶恵の悲しみが伝わってくるようだった。
突然の出来事に声も出せず、首だけを捻って再び錦を見た一刻は、更に驚いた。
父までも泣いていたのだ。
父が涙を流しているのを見たのは、生まれて初めてだった。


「……… 一刻、よく聞け。」

錦は泣いているが、声は強く芯が通っており、その響きは荘厳なオーケストラを彷彿とさせた。
そして、滔々と語り出す。

「これから先、永真はとても悲しい目に遭わなくてはならない。
父さんにも母さんにも、お前にも悲しいことだが、一番辛いのは永真だ。
それは明日起こるかもしれないし、数年後かもしれない。
でも、絶対に起こる。それは仕様がないことだ。」

「え……永真、が………悲しい目…?」

いきなり何を言い出すのだろう。一刻はかろうじて理解できた単語をそのまま繰り返すが、かみ砕いて飲み込めはしない。
一刻の混乱を察してか、錦は涙を拭い、凛とした面持ちで話を続ける。

「いいか、一刻。永真を助けられるのは、たった一人の兄弟であるお前だよ。
お前が、永真を導いて、救ってやるんだ。分かるな?一刻。」

一刻は、母の腕の中で首を振った。

「分かんない、分かんないよ。悲しい目に遭うとか、救ってやるとか……一体何のことなの?」

状況は全く把握できないのに、両親の鬼気迫った雰囲気が一刻の不安感を煽り、声は震えを帯びる。
叶恵がとうとう声を上げて泣き始めた。
錦は血が滲むほど唇を噛みしめ、心の底から悔しそうに、必死に意思を伝える。

「父さんと母さんには………永真を助けることが、きっと、できない。」

「ごめんね、一刻。でも仕様がないのよ。こうするしかないの………。
貴方は……貴方たちは、父さんと母さんの、子どもだから……。」

父と母の涙と言葉は、弱冠10歳の一刻の胸に深く突き刺さった。
頭の中は酷く混乱しているのに、心のどこかで、納得しようとしている自分が居た。
自分は、弟を守らなければならないのだ、と。

「大丈夫。お前には神様がついてる。
だからお前は、永真の神様になってやるんだよ。」

錦の大きな手が一刻の白い頬を伝い、髪をくしゃくしゃと掻き混ぜる。
後頭部を掌で包まれ、そのまま抱き寄せられた。
その力は痛いくらい強く、一刻の脳髄深くに、命題を擦りこもうとしているようだった。
一刻の背中に縋りついて泣く叶恵は、とろける優しい声で言った。

「一刻。 笑いなさい。 ずっとずっと、笑って居なさい。
他の誰を傷つけることになっても、貴方は、 ――――― 」

光で居てあげるのよ。

前から父の声が、後ろからは母の声が、地響きのような唸りをもって、身体に浸透していく。
二人の温もりに閉じ込められて、一刻は段々と意識が遠のくのを感じた。

両親の声が聞こえる。
しかしそれは、自分を呼んでいるのか、はたまた、弟の名を嘆いているのか。
分からないまま、一刻の意識は闇に沈んだ。


己の命題を、一刻はあの日が来るまで忘れていた。
自己の防衛本能が忘れようとしていたのかもしれない。
しかし心の臓まで染みこんだ教典は、その骨肉が朽ちない限り、一刻の身体中を駆け巡る。

奇しくも、永真の中で闇が蠢いた日と同じ。
小学生最後の夏休み目前の、7月の在る日に。
一刻は両親の言葉を思い出していた。

「ねえ、 ねえ兄ちゃん、俺、 ッ……人間じゃなくなっちゃった――――!!」

血塗れでへたり込み、稚児のように泣き続ける弟と、真っ赤な骸となった両親を前に。
一刻は、笑って居た。


教典の一頁目が開く。

「大丈夫、 大丈夫だよ。

兄ちゃんが助けてあげるからね。」

光のマナが芽吹いた。

差し出した手を永真が握り、縋ってくれたのはその瞬間だけだった。
以来止まったままの二人の正しい時間は、二度と動かないまま、凍り付いていくのかもしれない。

今は未だ、生も死も無く。




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