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現代Fのオリジナルキャラクター達の紹介。
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僕とあの子が出逢ったのは。






中等部卒業式の朝、僕は寮の自室で悩んでいた。
クローゼットにかけてある女子の制服と、腕を組んで睨めっこ。
あと15分後には部屋を出ないと、卒業式に間に合わなくなってしまう。
でも僕は悩まずにはいられなかった。

(女子の制服、入学式以来だな…。)

学園には既定の制服があるが、普段は私服登校も許されている。
男物の服を好む僕は、いつも私服で学校に行っていた。
女子の制服を購入したのは、入学式や卒業式といった式典の時に着るためだ。
流石に男子の制服を着るのは許されないだろう。
僕は、ただの嗜好として男装をしているから。

わざわざ買ったのだからこうして悩まず、するっと着てしまえばいい。
着方がわからないわけでもない。
なんとなく気が進まないだけ。要するにわがままだ。
入学式の時も、父さんに催促されつつ嫌々着た。

(子供じゃないもんな…。)

さらに数分悩んだ挙句、自分自身に苦笑して、制服のブラウスを手に取った。


3年ぶりに制服を着て鏡の前に立ち、僕の苦笑は深まった。
圧倒的に似合わない。
骨格自体は女子のものなのに、全体的に肉付きの少ない体型と青年風な面立ちの所為か、小柄な男子が女装しているように見えるのだ。
スカート丈を詰めても、リボンタイを結んでも、全然かわいらしくない。

「なんだこれは。」

自虐的に呟いてはため息をつく。
心なしか気持ちさえ落ち着かないし、背中のあたりがむずむずした。
でも仕方がない。時間もない。
もう一度ため息をついてから、鞄を手に部屋を出た。


寮の中に人気はない。みんな教室に行ったのだろう。
僕は小走りで、寮と校舎をつなぐ渡り廊下を行く。
誰にも会わないのは都合が良かった。
友達に会ったら間違いなくからかわれたはずだ。

(集合時間ぎりぎりに教室に入って、静かにしていればいいや。)

そう考え、焦ることはないかと緩めた僕の歩調は、ほどなくして完全に止まった。
渡り廊下の先に、クラスメイトの男子が数人居る。
髪を明るい茶色に染めた彼らは、卒業式だというのにだらしなく制服を着崩して、談笑しながら歩いていた。

普段なら軽やかに挨拶を交わせるのに、今日はなんだか気が引ける。
着慣れていない制服の着心地が、途端に数倍悪くなった。
俯きがちになり、ゆっくり歩く彼らの横を通り過ぎようとする。

「おはよう。」

無視するのは愛想がなさすぎるので、曖昧な笑みと共に挨拶をして。
声は小さめだし、早口になってしまったから、少し不自然だけど。
そそくさと足を速めたとき、

「あれ?」

一人の声が背にぶつかって、僕の心臓は跳ね上がった。
段々鼓動が早くなる。心なしか、呼吸もしづらい。

「志島?」

顔をうつむけて走り去ってしまえばよかったのだろうか。
でも名前を呼ばれて反応しないわけにもいかず、足を止めて、恐る恐る振り向いた。

「お、…………おはよ。」

もう一度、乾いた声で挨拶をした。かろうじて笑みは崩れていない。
男子たちはきょとんとして顔を見合わせ、次の瞬間、一斉に噴き出した。
僕の心臓がもう一度、嫌な音を立てて跳ね上がる。

「っはは、マジで志島かよ!まさかと思ったけど」
「お前、それ……ぷ、………なにそれ?」
「おい、見りゃわかるだろ。制服だよ、女子の。」

一人の男子が「女子の」という部分だけやけに強調すると、他の男子は甲高く笑った。
僕の身体は石になったように動かない。
嫌な汗が背筋を伝い、心臓だけがやたらうるさく鳴っている。

ひとしきり笑った後、彼らの中の一人がにやつきながら口を開いた。

「―――お前さ、変だよ。男のくせに、なんで女子の制服着てんの?」


笑い声の波が戻ってくる。
寄せては引いて、僕の心をざわつかせる。

(ああ……やっぱり、着なきゃよかったな。)

一言も言い返せない。
そりゃそうだ。3年間ずっと、男の子のように過ごしてきたんだもの。
こんな風に笑われても仕方がないんだよ。
気にするな。自分にそう言い聞かせるのに、悔しくて、恥ずかしくて、立ちすくむことしかできない。

その時、急に彼らの笑い声が止まり、僕は俯けていた顔を上げた。

「ッ痛ぇな……… んだよ、お前。」

一人の背に、後ろから来た生徒がぶつかったらしい。
彼らはじゃれあいながら笑っていたため、よろけた拍子に身体が触れたのだろう。

彼らの背後には、小柄な女子生徒が立っていた。
ポニーテールに結った群青色の長い髪が、初春の風にふわりと揺れる。
彼女は、眼鏡の奥の理知的な瞳で彼らを見据えていた。
無表情な顔が僅かに陰り、桜貝のような唇が開いて、

「やっちゃった。」

…………と、言ったように聞こえた。
たぶん声には出していない。唇が、そう動いたのだ。
彼らは誰も気づいていないようだが、僕にはわかった。


「……おい。ぶつかったのに謝りも―――――」

男子が言葉を発するや否や、驚くべきことが起こった。

突如水が降って来たのだ。
雨ではない。渡り廊下にはかなり高い屋根があるし、雨にしては量が多すぎる。
バケツ……いや、風呂桶の水をぶちまけたような大量の水が、彼らの上にだけ落ちてきた。

僕は思わず息をのみ一歩後ずさったが、ポニーテールの彼女は平然と、身じろぎひとつせずその様子を眺めていた。
彼らはといえば、何が起こったか理解できないのか呆然としていたが、数秒後に口々に叫び声をあげた。

「うわっ、なんだ、なんだこれ?!雨漏り?!」
「ありえねーっ何なんだよ、うっわ最悪、すげえべたべたする―――!!」

喚きながら寮の方向へ逃げていく。
水飛沫を浴びた彼女は涼し気にその様子を見送り、次いで、僕に視線を移す。
僕は彼ら以上に状況を把握できておらず、ぽかんと口を開けたまま突っ立っていた。
それを見た彼女は、「ふふ。」と上品に微笑んだ。

「そんなに驚かなくても……いや、驚くよね。失礼しました。」

足元に広がった水たまりが、まるで生き物のように蠢いて彼女の身体に吸い寄せられる。
水分は彼女のスカートから伸びる太腿や、袖から覗く手の甲、果てには首元まで上って頬に浸透していく。
やがて辺りには、ほのかな湿気しか残らない。
龍の力だと確信した。


藍色の彼女はつかつかと歩み寄って、猫のような瞳で僕の顔を覗き込む。

「見たからには黙っていてもらうしかない。きみ、龍のことはご存知?」
「え、あ、…………うん。知ってる。僕……いや、わたしも、そうだから。」

彼女は途端に目を丸くして、驚きと喜びの入り混じった表情をした。
普段は簡単に龍の能力を明かさないことにしているが、彼女の能力を知っておいて自分だけ隠すのはフェアじゃないと思った。
それに、彼女は悪い人には見えない。

「ねえ、もしかして、助けてくれた?」

思い切って尋ねてみると、彼女は何度か瞬きし、意味深に唇をすぼめる。

「何のことだか。あの子らがぶつかってきたから、私の力が発動してしまっただけだよ。
ま、結果として君を助けたことになったんだろうけど。」

その言い回しが妙におかしく、僕は小さく吹き出してしまった。
素直に頷いてくれればいいのに。照れているのだろうか。
どこか冷めた印象を与える彼女が、たちまちチャーミングに見えた。
訝しげに睨んでくる仕草さえ、嫌な感じがしない。

「何がおかしいのさ。」
「あは、ごめん。………ぼく、じゃなくて…私、志島希成。中等部の3年。よかったら君の名前、教えてよ。」

彼女は少し考えてから、清涼とした微笑みを浮かべる。

「天宮司環。私も中等部の3年だよ。よろしくね、志島さん。…て、卒業式によろしくっていうのも、なんか変な気分。」

確かに。入学式ならわかるけど。
でもよっぽどのことがない限り高等部に進学するのだから、新年度に同じクラスになれるかもしれない。そう思うと嬉しくなった。

「天宮司さん、さっきはありがとう。本当は助けてくれたんでしょ?」
「さあ、何のことだかさっぱり。ていうか、呼ぶなら環でいいよ。」
「じゃあ私のことも、希成って呼んで。」
「きなり。卒業式、遅れるよ。早く行こう。」

そういえば今、何時だろう。そろそろ入場の準備が始まっているはずだ。
あわてて走り出す間際、環がこちらを振り向いて言い放った言葉を、僕はずっと忘れないだろう。

「一人称。″僕″でいいんじゃない?君らしくて似合ってる。その制服もね。」


先を走る瑞々しい姿に、僕はもう一度、ありがとうと叫んだ。
環が手を振れば薫風が吹く。
彼女と僕の、スカートが靡く。
春麗らかな制服は、とても着心地が良かった。


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