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現代Fのオリジナルキャラクター達の紹介。
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あの子がほしい。




それから僕と香澄ちゃんは少しずつ仲良くなっていった。

最初は本の貸し借りが主で(実は僕はそんなに読書家じゃないけど、めっちゃ頑張って色々読んだ)、
彼女が好きな本が原作の映画を一緒に見に行ったり、公園を散歩したり、ショッピングモールで買い物をしたり。
1,2か月の間にそんな風に仲を縮めていった。

普段大勢の友だちとわいわい遊ぶことが多い僕は、彼女とのんびり遊びに行くのが新鮮で、とても楽しかった。
もしかして本当に、彼女の言う通り、騒ぐのより静かな方が好きなのかも。
そうまで思うようになったけれど、やっぱりそれは違う、と思う自分が新しい自分を押しのけていた。


6月のあの日は貴重な梅雨の晴れ間で、初夏の緑が溢れる植物園に行った。
寮まで彼女を送っていく夕暮れの道で、いつも通り僕ばかりが喋り倒していたんだけれど、不意に相槌が聞こえなくなってどうしたのかと尋ねたら、彼女は思いつめたような表情で。

「………いっちゃんは、どうして私を遊びに誘うの?」
「……何で? 僕と遊びに行くの、嫌?」
「違う!そういうんじゃなくて……」

平素から小さめの彼女の声が張り上がるのに、僕は少し驚いた。
何度も口を開いたり閉じたり、言いたいことを咀嚼しては飲み込む彼女の様子を、急かさず見守る。
やがて寮が目の前まで迫ってきたとき、彼女はまた声を張った。

「いっちゃんは、いつも沢山の人とお喋りしてる。そうしてる貴方はすごく楽しそうだわ。でも、私はそういう人たちとは違う。お喋りも得意じゃないし、大勢の中に居るのも好きじゃない。……なのに、どうしていっちゃんは、私と話してくれるの?」

いつも涼しげな顔をして、遥か遠くの未来を見据えているような彼女が、その時ばかりはじっと僕だけを見ていた。
彼女のそんな表情や、必死な訴えを見るのは初めてで、僕は胸がぎゅっと痛くなる。
しかしそれは嫌な痛みではなく、解きほぐして柔らかくして、飲み込みたいくらい心地の良い鼓動だった。

甘くて酸っぱくてほろ苦い、シトラスイエローの芳香。
ああ、これが、 すき だ。


「――― 香澄ちゃんは言ったよね。僕は賑やかじゃない方が好きだって。」
「でも、それは――――!」
「ううん、きっとそうなんだよ。それでいいんだよ。」

温い朔風が二人の間を過って、薄々暗くなってゆく世界で彼女の儚い佇まいが、くっきりと浮かび上がる。

「僕は確かに、賑やかにしてるのが好きだよ。でもそれより、のんびりゆったり過ごす時間が好きなんだと思う。それを教えてくれたのは、君だよ。」

全く君は、本当に素晴らしいカウンセラーになるだろうね。

「僕の知らない僕を教えてくれた。だからすっごく感謝してるし、君との時間は僕の宝物!なんちゃってねー。はは、ちょっとかっこつけてみたけど。」

ここは笑う所なのに、朧に消えゆく夕日の中の彼女は、澄み渡る表情を一気に歪め。
今にも泣きだしそうに唇を震わせながら、声を出した。

「っ―――― いっちゃん。あのね、私ね、いっちゃんのこと―――」

声が昇華していく前に、陶然とした存在を掻き集めるように抱きしめても、彼女は突き離そうとしない。

「やだなぁ。女の子に言わせんの、カッコ悪いじゃん?僕に言わせて。」

少女漫画かよ、恥ずかしい。
流石の彼女も笑ってくれるかと思ったけれど、その顔は僕の肩口に埋まって。
ゆっくりと背に添えられる小さな両手は、指先から伝わる力が、蕾のようだった。

「 ……… 香澄ちゃん、だいすき。 」

耳元の告白に気づいた彼女が顔をあげたら、花咲くように笑っていた



唯流れていくだけの、でも確かに甘い日々。
僕も彼女もとても幸せだった。
まぁ恋人らしいことと言えば、手ぇ繋いでデートした程度だけど。
それでも全然良かった。

彼女の隣に居ると、見失った宝物を全て取り戻してくれそうな気がしたから。
少しずつ、余計なものを溶かして、隙間に大事なものを埋めてくれる。
彼女は、そんな子だった。

(だから僕は絶対に気づかれてはいけない、)

(大事なこと。本当の僕を。僕の中の僕を。香澄は知らなくていいことだ。)

(香澄、どんなに優れた慧眼を持った君でも、絶対に、これだけは。)

(あの子の前の僕。あの子の前の僕という人間。 あの子の前の僕という恋人。)

大事に大事に。
パンドラの箱を、君の前でだけは忘れていた。
運命の悪戯が転がるその時まで。


秋が漂う夕暮れの道で、君は言ったね。

「噂を聞いたの。龍の噂。いっちゃんも知ってる?」

僕と付き合い出してから、君の趣味は変わった。
ケータイにも鞄にも兎のマスコットをつけていて、ファミレスでは絶対和風のデザートを頼む、その嗜好は揺るがなかったけれど。
髪を深い茶色に染め毛先を巻き、化粧を覚え、爪の先を着飾る様になった。
いっちゃんがオシャレだから、私もそうしたいの。と言って。

その日は夕日よりも赤いネイルしていて、手を繋いだ拍子に剥げてしまったらかわいそうだから、僕は手を繋がなかった
それでも、肩が触れ合いそうな距離感で、君は悲しんでいた。

「魔法のような力を使って、人を殺して楽しんでいるんだって。………ヒドイことをするね、魔法を使えるなら、もっと素敵なことをしてくれればいいのに。」

「―――― 素敵な事って、どんなこと?」

「ん?そうねぇ…… いっちゃんみたいに、みんながきらきら輝ける魔法。なんちゃって。」


僕と付き合い出してから、君は変わった。
冗談を好まない性格だったのに、冗談を言うようになった。
なんちゃって、という口癖がうつった。
語尾をカールさせる癖がなくなった。
よく笑うようになった。

少しずつ僕に侵食されていく彼女の身体。
まっさらに澄んでいた透明が、金色の光に飲み込まれ、やがては全てが染まり、何もかもを見据える瞳はいつか、眩さに潰されて何も見えなくなってしまうのだろう。

そう思った途端、僕は今までに感じたことのない寒気に襲われた。



(――――― ああ、思い出した。忘れようとしたって無理だった、僕はずっとそうやって生きて来たんだ、僕の光で大好きなものを全部照らして、みんなが笑ってくれるように、僕は生きていこうって。それでよかったんだよ。香澄も、そうなんだ。そうでしょう?僕は東和一刻。いつも明るくて、陽気で、毎日が楽しい、生きることが楽しい、それが東和一刻なんだ。だから、香澄、きみも、僕の  中にいれば よかったのに。 )

( 僕以外の声を聞いちゃった。 )



「……いっちゃん、どうしたの?急に立ち止まったりして。」

似合わない化粧と茶髪さえも愛しい。
覗き込んでくる、アイシャドウの添うまん丸い目を見つめ、僕は想った。

( 香澄、僕はずっと君に、嘘を吐いていたんだよ。)

両肩に手を置いて、きょとんとしている彼女の身体を、思い切り抱きしめる。
苦しいよ、ねえ、どうしたの?そんな声を無視して、ひたすらに熱を奪おうとする。

すきだよ、香澄。そう言った気がする。譫言のように。でも言ってないかもしれない。どっちでもいい。
どうせ僕の言葉なんて、全部嘘なんだから。

「 ―――― いっ ちゃん? 」

そっと。温かい頬を手で包み、牡丹桜の唇を食む。
彼女の呼び声を飲み込んで、何度も柔らかく、ついばむように熱を求めた。
甘い吐息を交換するたびに、しっとりと濡れていくその唇を、舌先でなぞって、もう一度唇を押し当てる。
飽きずに何度も、音を立てて、離れては、また重ねて。

心の中で彼女の声を、いくつもいくつも思い出しながら。
吐息の掠れる合間に彼女を見た。とろけた光の灯る瞳を見た。

「 ……………… すき  よ  」


多分彼女は最期にそう言ったと思う。
僕の独りよがりな幻聴かもしれないね。

吐き出す血で真っ赤に染まった唇はそう言ったんだ。
背中側から心臓を貫通する僕の光に包まれて、彼女は心底幸せそうだった。

それも僕の幻覚?
でも、僕が彼女の表情で一番すきなのは、最期のその顔で。

僕の世界に抱きこむことができなかった香澄の存在は、まさしく光に飲み込まれて、消えた。



あの時彼女を殺さなければ、同じ世界で、ずっといっしょに居られたのかもしれない。
でも僕自身、どうして彼女の命を消そうと思ったのか。
何度思い出そうとしても、思い出せなかった。

そんな心のもやもやを誤魔化したいとき、僕はいつも呟く。
結び花のようなあの子の笑顔を思い出して、自分に呪詛を唱える。

「 ”僕もすきだよ、香澄。 だいすきだよ。” 」


真実か嘘かもわからない、もう届かない愛の台詞。
それはパンドラの箱の鍵。ウサギのキーホルダーつけて、ずっと大事にしまっておくね。
僕自身も知らない場所に。



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